「ねたあとに」連想日記 その3 ムシバム
- 作者: 長嶋有
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2009/02/06
- メディア: 単行本
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ムシバムとはコモローがネット上に公開している「虫の画像を載せているブログ」。ルールを自ら課している。
1. 夏、コモローの過ごす山小屋の敷地内(できれば室内)で、虫の写真を撮って公開する
2. キレイな虫を探さない
3. 上手に撮ろうと無理しない
4. 撮った虫のことをなるべく調べない。分かろうとしない
人間はよく不要な制限を自分にかける。制限をかけて物事をわざわざ難しくする。そんな制限ない方がうまくいくのに。それでもかけるのは、つまり難しい方が面白いからだ。実質的な効果より面白さを優先するのは、それが遊びだからだ。
遊びには常にルールが存在する。ルールによって行動が制限されるわけだ。それさえなければもっと効率的にできるのにそうはしない。我々人類は贅沢なことに、不自由さを楽しんでいるわけだ。
ではそのような楽しみを感じられない人種がいたら、まったく価値観の異なる異星人が我々地球人の営みを見たら、彼らの目にはどう映るだろうか。
我々がゴルフを楽しんでいる様子を異星人が見たらどう思うか。あの球を遠く離れた場所にある穴に入れたいというのは理解してもらったとしても、ではなぜあのような棒を使って球を弾き飛ばすのか理解できまい。飛ばしてもどうせその球のところまで歩いていくのだ。ならはじめからポケットにでも入れて穴のところまで行けばいいじゃないか。3人でプレーするときにはそれぞれ球を1個ずつ持ち、全員が穴まで歩く。ならば1人に頼んで3つ全部持っていってもらった方がいいんじゃないか。わざわざ全員で1個ずつ運ぶより効率がいいだろう。
また麻雀をしているのを見たら。はじめ不秩序に並ぶ牌を、ひとつずつ交換しては秩序ある形に揃えていく遊びらしいということはわかる。しかし、見事その秩序ある形に揃えることができたとしても、その牌はすぐにまたかきまぜられ不秩序な状態にされてしまうのだ。なぜだろう。せっかく完成したものをなぜすぐに崩すのか。それが目的だったはずなのに。